二胡の音域と移調(キー変更)について

二胡コラム

二胡の音域は限られている

実音「D」より上の音しか出せない

二胡という楽器が出せる「最も低い音」は、内弦の開放弦です。これは実音の「D」(音名D、ピアノのレ)になります。それより低い音は出せません。

数字譜では気づかないかもしれませんが、五線譜で見た場合、実音の「D」を境に、それより下の、音名「C#(ド#)」以下の音が、ひとつも無い状態になります。

二胡の音域

1.5、高くても2オクターブと少し。このあたりが二胡で使われる音域です。それ以上高い音は、金属的で、二胡らしい音色から外れてしまいますので(お世辞にも心地よい音ではありません)、部分的に使用する以外はほぼ使われません。

とはいえ、高音よりも、二胡にとって音域の限界となるのは、低音です。世の中の多くの曲は、実音「D」より低い音を含むためです。

「え? 二胡は色々な曲を弾けますよ」「ポップスでもクラシックでも二胡の楽譜はたくさん出てますよ」と思うかもしれません。
その通りです。これから説明しますが、それらは、「移調」(キー変更)というステップを踏んで、二胡の音域で演奏できるように譜面を直しているからです。

チューニングで音域を広くできるか?

内弦の開放弦を、実音「D」より低い音高にチューニングできるか?

→少しならば、物理的に可能です。
しかし、本来あるべき「弦の張り」を緩めるわけですから、ボワボワした締まりのない音になります。

実際のところ、半音下げた実音「C#(ド#)」でしたら、ギリギリですが、合わせても大きな支障はでないと思います。さほど気にならない方もいらっしゃるでしょう。私の感覚を申しますと、弦の緩みに違和感を感じますが、その状態で演奏することは可能です。

更に半音下げた実音「C(ド)」まで下げると、分かりやすく弦が緩みますので、弾けないことはありませんが、演奏する感覚も、音色も、そこそこ違和感が出てきます。蛇皮の張り具合など個体差はあると思いますが、ボワボワして、二胡らしい張りや艶のある音色は損なわれると思います。

開放弦は、その音になるべくして厳密に制作されています。二胡は二胡の音域で奏でるのが本来の姿ですから、チューニングは変えるべきではないと私は思っています。

ただ、「イレギュラー」であることを自覚した上で、シチュエーションに応じた ”音域対策” のアイディアとして、何か手立てが欲しい時に、その場しのぎで利用することはできるかなと思います。

原曲キーは二胡で弾けない事がほとんど

※ここで言う「弾けない・演奏できない」は、「音域が足りない」の意味です。

例えば、分かりやすいのは歌です。
童謡でも、ポップスでも、合唱でも、クラシックでも、一般的な歌唱曲は、実音「D(レ)」より低い音が、ほぼ入ってくると思います。そのため、原曲キーですと、ほとんどの曲は二胡では演奏できません。

ピアノ曲はどうでしょうか。
ピアノの鍵盤は88鍵。低い音から高い音まで広音域を扱う楽器です。右手の主旋律を取り出したとしても、二胡の音域を遥かに超えてきます。中にはちょうどよくハマる小品もあると思いますが、ほとんどのピアノ曲は、原曲キーでは演奏できないでしょう。

近い音色で弦楽器のバイオリン曲はどうでしょうか。

バイオリンは4弦あり、内側の2弦が二胡と同じチューニングをとります。
音域は低い「G (ソ)」から、なんと4オクターブ近くまで出ます。二胡より遥かに広いです。

音域の狭い小品はもちろんありますが、多くの曲は「D (レ)」より低い音が出てきます。バイオリンの低い音は魅力的ですから、作曲家も低い弦を鳴らしたいんでしょうね。というわけで、バイオリン曲も、(原曲キーでは)二胡では演奏できないことが多いです。

こう考えると、世の中のほとんどの曲が、オリジナルキーでは二胡では弾けないということになります。※もちろん原曲キーで弾けるものもあります。

二胡で演奏可能にするために

曲のキーを変える(移調)

では、どうしたらいいのか?
曲のキー(調)を変える方法をとります。これを「移調」といいます。

カラオケと同じと考えてみましょう。自分の音域に合わせてキーを上げ下げしますよね。それです。
二胡の場合は、曲の一番低い音が、実音「D(レ)」以上になるように、キーを上げます。旋律は丸ごとスライドさせます。

曲によっては、1オクターブ上げるだけで済むこともあります。その場合、移調は必要ありません。

キー変更は音楽の世界ではよくあること

バイオリンでも、演奏しやすいポジションに移調して弾くことは多いですし、ピアノも、複雑な#♭を避けて、弾きやすいように移調することは多々あります。

「移動ド」ベースの歌モノは、どれがオリジナルキーなのか分からないくらい、同じ曲でも譜面によってキーが異なりますし、クラシック曲であっても、楽器の特性に合わせて移調することは普通にあります。(※作曲家の指定がある曲はできません)

二胡の場合は、演奏しやすさではなく、音域の問題になるので「移調は不可避」なのですが、音楽の世界ではキー変更はそこそこあることです。「二胡だから!」とネガティブに考えないで下さいね。

二胡用の譜面は「キー変更」済み

二胡用の譜面は、キー変更済みです。
数字譜はもちろん五線譜であっても、それが「二胡用の譜面」であるならば、キー変更が済んだ状態です。

キー変更が必用になる楽譜は、二胡譜以外です。

ピアノ譜、ボーカル譜、バイオリン譜、童謡歌集、ジャズ曲集、映画音楽、結婚式・クリスマスソング曲集、定番クラシック曲集、など、様々なものが世の中に出ていますが、「二胡用」と指定されていない楽譜は、ほとんどの曲でキー変更が必要になると思って下さい。そのままでは弾くことはできません。

セッションでは二胡のキーを最初に伝えることが必須!

他楽器とのセッションについては別記事にしようと思っていますが、説明してきたように、二胡の音域が限られていることから、セッション相手に「二胡の音域に合わせてもらう」ことが必須になります。

そういった作業が苦手な相手の場合は、既に移調されている二胡用の楽譜を使いましょう。ピアノ伴奏譜がついている二胡の楽譜集だったり、五線譜が併記されている数字譜などです。

相手がミュージシャンだとしても、二胡の音域を最初から知っている人は、ほぼいません。「二胡ならこのくらい出せるだろう」と(勝手に)思っていたりしますから、セッションの話が出た時に、最初に二胡の音域を伝えましょう。本番ギリギリで伝えるのは迷惑になりますから気をつけましょう。

五線譜を数字譜へ書き換えて、移調する方法

五線譜から数字譜への書き換えは、別ページに詳しく記しました。意外と簡単にできますので、演奏したい曲が五線譜しかない場合は、諦めずに数字譜になおして演奏してみて下さい。

キー変更は、五線譜を移調して書き換えるよりも、数字譜で移調する方が楽だと思います。まず、五線譜を数字譜に書き換えておいて、その後で移調するという順になります。

※以下、難しいと思う方はさらっと読んで下さいね。
数字譜に書き換えるということは、(固定ドから)「移動ド」の譜面にするということです。「移動ド」の譜面であれば(=数字譜)、数字譜の「1/ド」の位置(音高)を変えるだけで、移調が済んでしまいますから、どのような移調であれ、譜面の書き換えは全く必要ありません。

※ちなみに、二胡譜の上段にある【1=D】【1=G】などの表記は、曲の調を示すものではありません。勘違いされている方が多そうなので記しますが、これは数字譜の【1/ド】の「実音」を指定するものです。数字譜の階名【1/ド】が、ピアノの鍵盤のどの音になるのか記している、と思って下さい。
=このあたりの詳しいことは上のリンク先に記していますので、興味のある方はご覧になって下さいね。

※「う~~~~、移動ド、実音、階名、分からない~~」となる方は無視して大丈夫です!演奏することにおいて、そこは重要ではありませんから。

キーはどこへ移動させるか

単純に「音域がハマればOK!」と思って移調すると、実際に演奏した時に、「二胡らしい音色を活かせなかったり」、「運指がスムーズに行かなくて、フレーズが切れてしまう」などの支障が出る場合があります。

決まりはありませんが、以下に留意して移調してみて下さい。

1:運指

・最も快適に運指できるキーを探します。
・開放弦を「どの音で活かしたいか」を先に考えます。
・運指しづらいキーは避けます。


2:二胡らしい響きが鳴るポジション

キーがひとつ上下しただけで、耳に聞こえる印象は変わります。弾き心地も変わります。

楽器はそれぞれ響きに個性があります。低い音がよく鳴る二胡だったり、高音がなめらかに歌う二胡だったり、人の歌声のように得意な部分が異なります。「あなたはこの曲をどこで歌いたい?」と、二胡と相談する気分で決めましょう。


3:楽曲の表現からキーを選ぶ

・低い音域がメインの方が伝わるのか、高めの方が合っているのか。
・セッションする楽器との相性はどうか。音域がかぶりすぎていないか。
・演奏会の場合:セットリストが一定の音域に偏っていないか。
・曲の繰り返し:ラストの繰り返し部分で移調すると、演奏に変化をつけられます。


4:キー探しの手がかり

・曲の最初を、どの音からスタートしたいか
・サビの最も強いフレーズを、どこで弾きたいか
・内弦の開放弦(最も低い音)を、活かすかどうか
・外弦の開放弦(明るい金属音)を、どの音に当てるか

特に開放弦の響きを、効果的な場所に当てることはポイントだと思います。

デジタルではない、限られている世界の息吹。

二胡は女性の歌声のようだと言われます。
人の声も音域が限られていますから、その点でも同じようだと言えますね。

パソコン上で音楽制作をする方が増えています。
デジタルの世界には生身の限界はありません。ですから、そこを逆手に取って、初音ミクのようにビブラートを効かせないストレートな歌声を、あえて人間が歌ったり、激しく音高が上下するデジタルだから可能な難しいメロディを、あえて人間が歌うことが、ひとつの流行になっています。

しかし、やはり人は有機的なものを好み、そこに回帰したくなるものです。何でもこなせるデジタルの世界より、出来ないことがそれなりにあることに、安らぎや深さを感じたりします。
今を生きているという息吹が、そこにあるからだと思います。
二胡もまたそういうものだと私は思います。


皆さんの二胡ライフが、もっと楽しくなりますように♪